6年前の自分への手紙

目が覚めて,今日は休日だということに気付く。

昨日身体を酷使したせいで,全身が痛い。痛みから必死に意識を逸らし,辛うじてベッドから起き上がる。玄関へと足を引きずり,郵便受けを開けた。

近所のスーパーのちらし。近所の美容院のちらし。廃品回収の案内。
そして,封筒が一つ。

差出人を見て,俺は違和感を覚える。


そこには,俺自身の名前が書かれていた。


差出人の住所に目を向ける。馴染みのない県の,知らない町である。マンション名は...どうやら,とある企業の社員寮らしい。名前も聞いたことの無い企業だ。

言いようのない気持ち悪さを覚えながらも,俺は封筒を開けた。
そこには,一枚の手紙が入っていた。
急いで玄関から居室へと戻る。ベッドのふちに座り,俺はその手紙を読み始めた...

 

 

 

〇〇 〇〇 へ

突然,自分を名乗る人物から手紙が来て,大層驚いていることと思います。驚かせてしまい,申し訳ありません。信じてはもらえないでしょう。私は貴方自身です。今から,6年後の貴方です。

6年前の私に,どうしても伝えたいことがあって,こうして手紙を書いています。もっとも,実際に届くだなんて,思ってはいませんがね。

貴方はそろそろ,一人暮らしにも慣れてきた頃でしょうか。講義の退屈さに幻滅して,一限目を寝過ごすようになった頃でしょうか。バイトでも始めようかと,タウンワークを捲っている頃でしょうか。部活動に熱中して,毎日筋肉痛で苦しんでいたのも,この頃でしたね。

大学生活って,基本的に暇でしょう?
「人生の夏休み」と言われるくらいですからね。

単刀直入に言いましょう。私は大学時代の時間の使い方について,後悔しているんです。私は,貴方にせっかくの時間を無駄にして欲しくないんです。

では,何に時間を使えばいいのかって?
講義?部活?バイト?
いいえ。

ずばり,読書,です。

では何故,貴方に本を読んで欲しいのか。それは,

貴方が天才ではないからです。

「自分は将来大物になれるはず」あるいは「自分は特別な人間なはず」,そう心の隅で思っていませんか?はっきり言いますが,

貴方は凡人です。

現に,6年後の貴方は,ごく普通の企業で,ごく普通のサラリーマンとしての人生を歩みだしています。

がっかりしましたか?
でも,私は貴方を失望させるために,こう告げた訳ではありません。
それは私が,
読書は,凡人が天才に限りなく近づく唯一の方法である
と信じているからです。

私の過去 (つまりは貴方の将来) について,少しお話させて下さい,
大学3年生の頃から,私は本を読むようになりました。
はじめは,推理小説にハマりました。
徐々に読書の魅力に取りつかれた私は,やがて純文学や新書へと興味を移します。
そして,大学院に進んだ頃には,すっかり読書の虜となります。
少しばかり難解な専門書でも,何とか読み通せるくらいにはなります。
読むスピードも速くなり,本気を出せば,1日に5冊くらいは読めるようになります。

すごい,と思いますか?でも,私の心を占めるのは,後悔の念です。
どうして,もっと早くから,本を読まなかったのか。

就職活動の時も,修士論文を書く時も,実は私は大して苦労していません。
それはひとえに,読書を通じて身に付けた知識やスキルのおかげです。

だからこそ,私はこう思ってしまうのです。
もっと以前から本を読んでいれば,もっと自分に合った職業につけたのではないだろうか。もっと良い会社に入れたのではないか。そもそも会社などに入らずに済んだのではないか。苦しかったあの場面も,難なく乗り切れたのではないだろうか。辛かったあの別れだって......なんて。

もしも今の私が,大学一年生の頃にタイムスリップできたら,ひたすら本を読むでしょう。大学生は,時間が有り余っていますから,平均して1日に3冊くらいは読めるでしょう。もちろん本の難易度にも依りますが,普通の本ならば,慣れれば1冊2~3時間程度で読めるようになります。

3冊 × 365日 × 4年間 で,5840冊

大学院まで進めば,6年間で,8760冊

私は大学時代から現在までに,1000冊程度読んできました。もし,その1,000冊の読書経験が欠けていたら,どれほどつまらない人間になっていたかと思うと,恐ろしくなります。たった1冊の本でさえ,考えに大きな違いを生み出すことを,私は実体験で学んでいます。

それならば,5840冊あるいは8760冊,読むことができれば,たとえ凡人だろうと,限りなく天才に近づけるのではないでしょうか。貴方は「何者か」になりたいのでしょう?だったら,本を8760冊読めばいい。簡単な話です。

大学の図書館へ,足を運んでみて下さい。本は身銭を切って買え,なんて言う人も多いですが,無理して買う必要は無いと私は思います。だって,お金ないでしょう?バイトする暇があったら,本を読んだ方が,将来的には得です。私が保証します。

どんなにくだらない本でもいいから,気になった本を,手にとってみて下さい。
分からないところは読み飛ばしていいから,最後まで目を通してみて下さい。
そうして,最後のページを捲り,本を閉じた時,その本を読む前とは少し違った世界が見えていることに気付くはずです。

長くなってしまいました。そろそろ,筆を置きます。
とも
かく私が言いたいのは,本を読め,ただそれだけです。

本当は,過去の私だけでなく,全ての大学生に伝えたいんです。本を読め,って。
ですが,自分の理想が,他人にそのまま当てはまるとは限りません。
読書によって得られるものが,必ずしも,他の人の欲しいものではないかもしれない。
だから,こうして自分自身だけに向けて,メッセージを送っています。

貴方が「何者かになる」ことを,心から祈り,応援しております。

 

6年後の 〇〇 〇〇 より

 

 

 

自称6年後の自分からの手紙を読み終えた俺は,口元を歪めてハハッと笑った。
「宛先が違うぜ」
と呟き,手紙をくしゃくしゃに丸め,ゴミ箱へと投げ捨てる。

それならば俺も,3年前の自分に,手紙の一つでも送りつけてやろうか。
ちゃんと勉強しないと,大学にも入れずに,工事現場で働くことになるぞ,って。